さん、朝ですよ」
「……梓、君…?」
「どうしました?体調悪そうですね」
「うん…なんか気持ち悪い」
「大丈夫ですか?」


いつもの起きる時間になっても、なかなか起きてこないので、心配になって寝室に向かう。
さんは布団から青白い顔を出して、僕を見つめた。
ベッドのふちに座って、彼女の頬に触れる。
本当に具合が悪そうだ…。最近なにかあったかな?


「本当に具合悪そうですね。病院、行きましょう」
「ダメだよ梓君、今日から訓練でしょ?大丈夫だよ」
「でも、顔色悪いですよ?熱は…なさそうですね」


額と額を合わせて熱を測るものの、熱はなさそうだった。
さんが言うように、今日から訓練で家を出なければならない。
今日からしばらく家には帰らないことになっていた。
本当は病院に無理矢理にでも連れていきたいのだが、実際は無理そうだ。


「梓君、今日一日家で大人しくしてるから大丈夫だよ。もし、明日も同じだったらちゃんと病院行くから」
「でも……1週間も家に帰らないのに、こんな状態で一人にさせるわけにはいきません」
「そんなこと言って…宇宙に行けなくなっても知らないんだから」


さんは少し拗ねたように言ったが、本当に僕の事を考えて行ってくれているのはよくわかってるから全然嫌な気分ではなかった。
本当に、一人にさせたくないし、ずっとついていたいけど、彼女の言う通りそんなわけにもいかなかった。


「分りました。今日は一日休んでて下さい。それでもし体調が治らないようだったら絶対に病院に行って下さいね」
「うん」
「それから、僕は貴方の夫なんですから、遠慮なんかせずにつらい時は連絡して下さい。飛んで帰ってきますから。
宇宙に一度くらい行けなくたって僕は構いません」
「ダメだよ、梓君」
「ダメじゃありません。僕はさん以外いりません。いいですね?」
「うん…」
「では、約束です」


小指を彼女にそっと差し出すと、同じように小指を絡めた。
そして約束の指きり。


「では、いってきます」
「いってらっしゃい」


可愛い奥さんとのしばしの別れ。
キスをして、僕は訓練に向かった。





時間があれば、メールや電話をしてさんの体調を気にかける。
体調は少しずつ回復していたようだったが、メールの文章だけでは安心できなかった。
昔から無理をしがちな人だったから。
しかし、今日は朝から電話しても繋がらず、夜の訓練までの束の間の休憩時間になる。
携帯を片手にさんに電話をするかどうかずっとためらっていた。


「悩まずさっさとかければいいのに」


自虐的に呟いて、ボタンを押そうとした時、愛しい人からの着信。
ワンコールもしない間に、素早く通話ボタンをおした。


さん?!」
「あ、梓君…すぐに出たからビックリした」
「僕も電話しようと思ってたんです」
「あのね、今受付のロビーにいるんだけど、時間ある?」
「え?来てるんですか?!わ、分かりました!すぐ行くんで、待ってて下さい」


さんがここにくる時は、前もって連絡をもらうようにしていた。
訓練とかで予定が分からない時に前ぶれなく来られても、僕が対応できないからだ。
でも、それが分かってて来たと言う事はよっぽどの事があったのではないか…。


さん!」


急いでロビーに向かうと、不安そうな彼女が立っていた。


「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「梓君!」
「急にどうしたんですか?」
「あ、あのね!あの…」
さん?」


少し恥ずかしそうに躊躇う彼女。
一体何があったんだろう。


「今日、病院に行ったらね、おめでただって言われた」
「は?」


恥ずかしそうな彼女は頬を染めて、僕から目をそらした。
今……何て言ったんだ?
梓君に直接言おうと思って…と彼女は微笑んだ。


「あ…梓君?」
「もう……本当に貴方っていう人は…」


すごく心が満たされた気分になって、僕はさんを抱きしめた。
まぁ、まだ自分達に子供が出来たなんて、全然実感わかないけれど…。


「ありがとうございます、さん」
「私の方こそありがとう、梓君」
「体調不良、このせいだったんですね。変な病気じゃなくて、本当によかった」


すると、同僚が僕を探しにやって来た。どうやら、訓練の時間になったようだ。
本当はもっと一緒に幸せを噛み締めたかったのに…空気の読めない奴。


「すみません、戻らなきゃいけないみたいです」
「ううん、私の方こそいきなり来てごめんね…訓練頑張って」
「貴方の方こそ、無理しないで下さいよ?もう一人の身体じゃないんですから。それと……」


そっと耳元に唇を寄せて……。


「愛してます。さん」





「HEY、梓!なんか機嫌がいいな!」
「当たり前でしょう。家族が増えるのに、幸せじゃないはずないじゃないですか」
「「「何?!?!」」」
「羨ましがってもあげませんから」
そして梓はニヤリと微笑んだ。


20111019