僕の可愛い奥さんは、今日とてもご機嫌斜めらしい。
せっかくの休みなのに、出かけようと声をかけても今は忙しいと返事をされた。黙々と掃除をしたり洗濯したり。
久々の休みに先輩にかまってもらえないなんて、地獄のようなもの。どうやらこれは僕が折れないといけないらしい。


「先輩、そろそろ機嫌を直して僕とデートしませんか?」
「……………」
「先輩、そんなにむくれてると可愛い顔が台無しですよ」


いつもなら頬を赤くして、照れるのだけど、今日は本当に機嫌が悪い。
うーん…困った。そろそろ先輩を補給しないと、あのキツイ訓練には耐えられそうにないんだけどな……。


「先輩、降参です。何にそんなに怒ってるんですか?」
「………………」
「言ってくれないと分からないんですけど。僕、先輩に何か悪いことしましたか?」
「それ…やめてほしい……」
「それって?」
「梓君は私の旦那さんでしょ?」
「先輩は僕の可愛いお嫁さんです」
「だから、先輩って呼ぶの…そろそろやめてほしい…………」
「先輩……」


あぁ、そんな可愛い顔しないで欲しい。先輩は少し淋しそうな顔で下を向いている。
淋しそうな顔も、怒ったりすねたりしてる顔も、先輩は全部可愛いのに……そうやって言うと顔を真っ赤にして怒るのだけど。
先輩の手を引いてソファへ座らせる。


「これは長年の癖みたいなものなんですけどね」
「でも、やっぱりヤダよ……」
「なるべく善処しますけど、何かあったんですか?急にこんなこと言い出して」
「急にじゃないよ」
「分かってますよ。ずっと思ってたのは知ってます。でも、今まではこれでもいいと思ってたのに、急に言い出したので、何かあったのではないですか?」


僕の可愛い奥さんは、なんだか少し申し訳なさそうに

「……この前、羊君と翼君とご飯食べた時に羊君にまだ名前で呼んでもらってないのかって……」
「はい。それで?」
「呼んで欲しいけど、これでいいって話をしてたら、そんな事じゃダメだよって……」
「ったく、土萌先輩のせいだったんですか」
「ごめん、梓君……別に無理にとかじゃないんだよ?でも……」
「分かってますよ。もう…本当に可愛い人ですね」


遠慮がちな可愛い奥さんにすっと口付けする。
なんでもやればできてしまうし、賞でもなんでも手に入った。でも、この人だけは違う。
どうしても欲しくて、どうしても手に入れたくて……やっと手に入った人。
その人が喜んだり幸せになるようなことをしてあげたいと思うのは当然のことで……。


さん、僕とデートしませんか?」
「え……梓、君?」
「だから、機嫌直して僕とデートして下さい、さん」
「うんっ!」


僕の可愛い奥さんは満面の笑みで返事をした。
なんとなく、照れ臭くて名前で呼べなかっただけなんて……僕だけの内緒の話。


20110828