「誉さんなら分ってくれると思ってました」
『君が頑張ってるのはよくわかってるけど、それでも、僕だって君に会いたいんだよ』
「でも、どうしても行かなきゃいけないから仕方ないじゃないですか」
『さんは僕に会いたくないの?』
「そんなこと言ってないじゃないですか」
他愛もない会話をしてたはずだった………。
私はその日、誉さんと電話で喧嘩をした。
「はぁ……」
「どうしたのよ、。そんなに大きいため息ついて」
「真琴〜」
大学の休み時間、私がため息をつくと、真琴が心配そうに話しかけてくる。
次の授業がたまたま休講になったので、私たちはそのままカフェに行くことにした。
「それで?ダーリンと何かあったの?」
「ダーリンって……。昨日、ちょっと喧嘩したの」
大学に入って、私はあらゆるものにチャレンジしてみようと思って、いろいろな部活やサークルに所属するようになった。
誉さんと出会うきっかけになった弓道はやめられなかったし、他の皆、宮地君や犬飼君、白鳥君も入部するから一緒に頑張ろうと思えた。
他にも少しでも茶道の勉強がしたくて、茶道サークルに入りたいと思ったし、やりたいことはたくさんあった。
だから、自由な時間があるはずの大学生活は多忙を極めていた。
「まぁ、金久保さんの言いたいことも分るけど……も無茶しすぎかなと思うわ」
「でも………」
「わかってるわよ。の考えてることは。でも、寂しいんじゃない?昔みたいに毎日顔を合わせるわけじゃないし、それに宮地君たちは今も一緒なわけでしょ?」
「うん………」
「まぁ、の言いたい事も、金久保さんの言いたい事も分るけど…それはお互いに話すしかなさそうね」
「私のワガママなのかな……」
「こんなのがワガママだったりしないわよ。ちょっと金久保さんも嫉妬してるだけ。大丈夫よ」
「そうかな………」
「大丈夫よ、心配しなくても」
それから数日、部活やサークルもあって、帰る時間が遅くなることが多くて、一人暮らしをしてる部屋には寝る為に帰っているようなものだった。
だから、誉さんにメールや電話もできなかったし、誉さんからも連絡もなかった。
毎日のように欠かさなかったメールもなくて、寂しくて気持ちが折れそうになった。それは、弓道にも現れてしまって、矢が的に当たることが少なくなった。宮地君たちにも心配されてしまったけど、ただ調子が悪いだけだと笑ってごまかした。
落ち込んで、ちょっと憂鬱になってる日に限って部活もなくなってしまったので、仕方なく今日は帰ることにした。
その時、携帯の電話がいきなりなった。
『さん?私、環だけど……』
「環さん……?」
『今、用事の帰りで貴方の大学の近くまで来ているの。もしよかったらお茶でもしない?』
「そうなんですか?!はい、是非」
『よかった………。じゃあ、駅前のカフェにいるから来てくれる?』
「わかりました」
高校生の最後の冬休みに私は誉さんの家にしばらく泊めてもらった。その時に、誉さんの双子のお姉さんの環さんとも仲良くなった。
誉さんと本当にそっくりで、びっくりしてしまう。
環さんはたまに私と会ってお茶したりいろいろな話に付き合ってくれる。もちろん、それは誉さんには内緒。環さんが私と仲良くしていると、誉さんがすごく怒るらしい…。
駅前近くのカフェに行くと、すでに環さんが待っていた。
「ごめんね!いきなり呼び出しちゃって」
「いえ、大丈夫です……」
「ふふ、久しぶりね」
「はい。お元気そうですね」
「ふふ、元気そうで本当によかった。まぁ、いきなり本題で申し訳ないけど…誉となにかあったでしょ」
「え……」
見透かしたように環さんは私に微笑んだ。
どうやらこの人には全てお見通しらしい。
「貴方も誉も分りやすいのよね。誉、ここ数日ミスばっかりでね。相当凹んでるみたい」
「そうなんですか……」
「貴方の方もあまり調子がよくなさそうね」
「実は……誉さんと喧嘩をしてしまって……」
「やっぱりね。貴方と何かあったと思った。誉に聞いても何も言わないし……奏と詩も心配しててね。携帯を見てはため息ついてさ。本当、困った弟だわ。それで?原因ってなんなの?」
「この前電話した時、デートに誘われたんです。でも、私の都合がつかなくて……。私だって会いたいけど、それを誉さん、分かってくれなくて……。つい、私も怒ってしまったんです」
本当は、自分に非があるのも分かってた。部活もサークルも大切だけど、誉さんとの時間の方が大事なのは分かってたのに。
私がうつむいていると、環さんがクスクス笑い始めた。
「それ、ただの誉の嫉妬ね」
「え……?」
「まぁ、ちゃんが無理してないか心配なのは分かるけど、それでも、90%誉の嫉妬。でも貴方は優しいから、自分が悪いと思ってるんでしょ?」
「だって……」
環さんは悪いのは誉さんで、私は悪くないと言ってくれる。
でも、誉さんだけが悪いだけじゃない。私だって、時間が作れなかったのも悪い。
環さんはニコニコしたままで、ちょっと困っちゃう。
「でも、本当に今回はちゃんは悪くないよ。まぁ、私に任せて。本当に世話が焼ける弟だわ」
「いや、あの、環さん……」
「だって、ちゃんがこんなに悩んでるのに許せないわ!」
「そ、そんな!誉さんは悪くないんですよ!」
「ふふ。分かってるわよ。でも、私は誉が許せないの!」
その後は、普通の日常のお話。
家で、奏ちゃんと詩ちゃんが私に会いたいってせがむらしい。
そうやって皆が私を好いてくれててとても嬉しくなった。
その夜。
自分の部屋で、集中してレポートを書いていた。ようやく書き終わった頃に携帯に視線を向ける。
すると、チカチカと携帯が光っていた。携帯を開くと、何件かの着信履歴と留守電のメッセージ。
私はメッセージ再生のボタンを押して携帯を耳に当てる。
メッセージ1件目。
「さん?僕だよ。えっと…今なにしてるのかな?部活は休みだって聞いたから、家にいるのかな?出られないって事は忙しいのかな?」
1件目のメッセージはここで切れてしまった。
久しぶりに聞く声に胸が締め付けられる。
メッセージ2件目。
「えっと……この前はごめん。本当は直接謝りたいんだ。本当にごめん。あんな風に言うつもりは無かったんだ。さんが心配で、本当にごめん」
ごめんと謝る声にすごく心が締め付けられる。
今まであまり喧嘩とかした事がなくて、だからこんな風に謝られるのも始めてだった。
メッセージ3件目。
「まだ忙しいのかな?無理はしてない?君が頑張り屋さんなのは一番よく知ってる。でも、無茶してないかとても不安なんだ」
誉さんのすごく心配そうな声……私の事をこんなに想ってくれてる。
メッセージ4件目。
「さん、君の声が聞きたい。さんに会いたい。会えなくて、とても寂しい。会いたいよ……さんに会いたい」
メッセージを聞きながら、私は泣いていた。涙がボロボロ流れて止まらなかった。
誉さん。私も会いたい……。
会えなくて、寂しいし、辛いよ……。
誉さん………貴方に会いたい。
その時、携帯のバイブが鳴って、ディスプレイに出た名前を見て、さらに涙が出てきた。
「もしもし、さん?」
「…………っ……」
涙が止まらなくて、私は声が出なかった。
久しぶりに聞く大好きな人の声。
「もしもし?さん?」
「ほま、れ……さん……」
「ど、どうしたの?!さん、大丈夫?!」
「誉さんに、会いたいです」
「さん………」
「会いたい…………」
やっと気持ちを言葉にできて、ボロボロと涙があふれる。
「さん、泣いてるの?ねぇ、さん、窓から下を見て」
「え?」
窓を開けて、下を見ると、誉さんが上を見て手を振っていた。
私は、急いで窓を閉めて、携帯を握りしめたまま、玄関を飛び出した。
階段を駆け下りて、マンションの前にいる誉さんに抱きつく。
「わっ……。さん、やっと会えたね」
「誉さんっ……」
「よしよし。もう、そんなに泣いてどうしたの?」
「だって……」
諭すように私を抱きしめる誉さん。やっと会えたんだもん………。
「会いたかった……声も聞けなくて、本当に寂しかった」
「私も……」
「本当にごめん。僕、どうかしてた。本当にごめんね」
「私こそ、ごめんなさい」
私達はお互いに謝りあって、顔を見合わせる。
「仲直りしよう、さん」
「はい」
そしてゆっくりキスをする。
キスをすると心が温かくなった。
「これで、仲直り。さん、好きだよ」
「私も好きです」
「よかった………」
喧嘩をしても、すれ違っても仲直りすればいい。
私達はこうやって、仲直りできるようにお互いを想い合ってるのには変わらないから。
「姉さんにかなり怒られたんだ。さんがどんな風に思ってるか知らない癖に、嫉妬でそんな風に怒るなんて!ってね」
「あ、環さん……」
「今回は僕も連絡しようと思ってたけどなかなか出来なかったから、本当にごめんね」
「いえ……」
「でも、僕に内緒で2人で会ってるなんてズルいよ」
「ごめんなさい」
「今週の休みは空いてる?」
「はい!」
「じゃあ、会えなかった分の充電させてね」