「秀!ここに座りなさい!」
「いやっ!パパ怒ってるー!」
「怒らせたのは一体誰が何をしたせいか分っていますか?」
「ボク、悪くないもん」
「またそうやって……」
「はいはい。二人とも静かにしなさい」
私達を静止させたのはまぎれもなく彼女。私の妻であり、秀の母親。
いつものようにエプロンを身に着けて静止させる。
「ママー!ボクね、ボクね」
「では秀くん、質問です」
「…な、なぁにママ」
少し興奮気味の子供を一瞬で黙らせる。長年の教師生活の賜物…と言ったところでしょうか。
はしゃがんで秀と目線を合わせて真剣な顔で見つめた。
「どうしてそんなに慌てているのか、ママに教えてくれる?」
「えっ………」
「どうしてパパから逃げるの?悪いことなら別に怖くないはずよ?」
「だって!パパがすごい怖い顔してるもん!絶対に怒ってるもん!」
こっ……怖い顔。特に意識をしている訳ではなかったのですが…。
子供を怖がらせてしまっているとは…。少し、反省しなければいけませんね…。
「そう?パパはいつもこう…ググッと眉間にシワを寄せるのが得意なのよ?」
「うわ、ママすごい!」
「…!」
「ほら、今もシワが寄ってるでしょ?だからパパは怒ってなくてもあぁなのよ」
ひ、酷い言われようですが…。しかし、否定できない。
「あのね、パパのてちょーに何が入ってるか知ってる?」
「手帳?」
「こら、秀!」
「衝さんは黙ってて!…それで、パパの手帳に何が入ってるの?」
「あのね………」
う…。ったく本当に、子供の扱いが上手い……。そりゃそうですよね…。
あのClassXを…B6を卒業させたんですから…。
「ぷっ……!」
秀がに内緒話をして、耳元から離れると、はいきなり大笑いを始めた。
…はぁ、内緒にしていたのに。
「…ふふ、ははは………!秀、それ本当なの?」
「ホントだよ!ママの写真が何枚も入っててね、昔のママの写真とかずっと持ってるの!」
恥ずかしくなり、少し顔の温度が上がる。
そう…手帳は片時も離さずに持ち歩く。
だから、の写真を持ち歩いていて、時々行き詰った時見るようにしている。
同じ職場とはいえ、プライベートは分けなければならない。
「衝さん、本当に持ってるの?」
「…それは、ですね」
クスクス笑いながら私に尋ねるは本当に信じられないという表情で…。
「でもね、ボクの写真がなくてね、だからボクね…」
秀がズボンのポケットに入れていたデジカメをに渡した。
は何故デジカメが出てきたのか分らなかったようだ。
そう、私が怒っていたのはデジカメを勝手に触っていて、それがいつの間にかなくなっていたからだ。
「もしかして…。秀は自分の写真を撮ろうとしてたの?」
「えっ?」
思わぬの言葉に私は声をあげて驚いていた。私達の間には少し恥ずかしそうな秀の姿…。
…てっきりイタズラしているものかと…。
「だって!ママの写真ばっかりなんでもん!ボクだって……ボクだって…」
「こう言ってるけど、衝さん?」
「…ったく、仕方のない子ですね」
秀の体を抱き上げて、少し泣きそうになっている我が子に優しく微笑んだ。
「私が秀のことを嫌いだとでも思ったのですか?」
「だって…パパはいつも怒ってるし……」
「それはさっきが説明していたでしょう?少々納得はいきませんが事実です」
「でも、でも!」
「落ち着きなさい。秀、日頃一番使うものはなんですか?」
「…てちょー?」
「いいえ、人はそれがなければ何も買う事が出来ません」
うーん…と考える秀。そんな二人のやりとりをはニコニコ笑いながら見ていた。
「あ!!お財布!」
「正解。では、私の財布の中を開けてみてください」
身に着けている財布を秀に渡すと、秀はゆっくり財布を開ける。
すると、今までの顔から急に変わって明るくなった。
「ボクの写真!」
「私の大切な人はだけじゃない。秀、お前も同じくらい愛しくて大切なんですよ?」
「パパ…」
「分りましたか?」
「パパ、ごめんなさい」
抱っこしている小さな体が、ピタッと密着した。そう、秀から抱き締められているのだ。
幸せとはこういうものを言うのだろうか?
「秀ばっかりずるいなぁ…」
「?」
「ママっ!」
そしてもう一人私の体にくっついてきたのは愛しい人。
「ねぇ、パパに秀とママの写真をデジカメで撮ってもらって、持ち歩いてもらいましょうか」
「ママと一緒の写真?」
「そうよ?秀だけもずるいし、ママだけもずるいから二人の写真」
「こら、二人とも勝手に話を…」
「うん!ママと一緒がいいっ!」
「だって。ほら衝さんはデジカメ持って!」
新しい思い出の一枚が…増えた。
二人の大切な人の写真は誰にも見つからないように大切にしよう。
「こっ!これ、私の聖帝祭の時のドレスの写真じゃない!」
「…!!かっ勝手に手帳をみない!」
「これも、赴任したばかりの頃の……。こんなのいつの間に撮ってたの!?」
「撮ったというより、没収したのです」
あの頃、新任の先生は可愛い…との事で生徒の間で写真が出回っていて、先生達で回収し、君と付き合うようになってから全て回収した…のですが。
「??」
「君が愛しくて、ずっと見ていたいのですが、それは叶わない。だから写真くらい許して下さい」
「…もう、衝さんったら」